大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1192号 判決 1969年1月31日
理由
一 控訴人がその主張の約束手形を所持していること、右手形は振出日を白地として振出されたが、満期の昭和三六年一〇月三一日を経過した後である同四〇年二月二六日以後に至つて、右白地の補充がなされたものであることは当事者間に争がなく、本訴提起が同三九年一〇月二一日になされたこと及び右の補充は少くとも同四〇年六月二九日(原審第五回口頭弁論期日)当時なされていたことは本件記録により明らかである。
二 被控訴人は本件約束手形上の権利並に振出日の補充権は時効により消滅したと主張するが、振出日を適法に補充することにより自ら手形上の権利者となり得べき白地手形の所持人は、その間の時効の進行を中断することによつて、将来振出日の補充により行使し得る手形上の権利を保有し得るものと解するのが相当であり(昭和四一年一一月二日最高裁判所大法廷判決参照)、本件にあつては前記の通り本件手形の満期の日から三年の時効期間の経過前に控訴人は手形金請求の訴訟を提起し、その後に白地部分を補充して之を完成したのであるから、仮令その補充の時が既に満期の日から三年を経過した後であつたとしても、右満期の日から起算すべき手形上の権利の時効については、右訴の提起当時中断があつたものと解すべきである。白地手形の所持人が白地部分を補充することなく手形金請求の訴を提起しても、手形上の権利については時効中断の効力を生じないとする被控訴人の見解は之を採らない。
尤も約束手形の補充権授与行為は、本来の手形行為ではないが、商法第五〇一条第四号所定の手形に関する行為に準ずるものと解して妨げなく、又白地手形の補充は手形金請求の債権発生の要件をなすものであるから商法第五二二条の商行為により生じた債権に準ずるものと解し得べく、振出日白地の約束手形の補充権は五年の時効によつて消滅すると解せられる(最高裁判所同三六年一一月二四日第二小法廷判決参照)。補充権の消滅時効期間を三年とする被控訴人の見解は採用できない。そして本件約束手形の補充は少くとも同四〇年六月二九日以前に為されたことは前記の通りであつて、《証拠》によれば、本件約束手形は同三六年九月頃岡正雄を受取人として振出されたことが認められ、この時補充権は振出人たる被控訴人と岡との間の合意によつて発生したものと解せられるから、その時から五年の期間の経過前に前記の如く補充がなされていることは明かであつて、補充権自体の時効消滅を論ずるとしても、本件補充権の行使は有効になされたものといわねばならない。
してみると被控訴人の時効消滅の主張はいずれも理由がない。
三 被控訴人は控訴人が本件約束手形の悪意の取得者であると主張するが、右に副うような原審における被控訴会社代表者本人尋問の結果も、当審証人増田治雄の証言と対比すると、右主張事実を認めるに足りないし、他に右主張を肯認することができる証拠はないから、その主張は採用の限りではない。
四 してみれば本件約束手形は訴提起後適法に補充されたものであり、被控訴人は本件約束手形金支払の義務があり控訴人の請求を棄却した原判決は失当であり取消を免れないが、請求の付遅滞については、少くとも原審における同四〇年六月二九日の口頭弁論期日には本件手形の振出日は補充されていて、口頭弁論において手形金の請求を維持することが明白になつたものと認められるから、控訴人は同四〇年六月三〇日以降商法所定年六分の割合による損害金支払の義務を生ずるものというべく、控訴人の本件手形金及び之に対する同四〇年六月三〇日以降完済に至る迄年六分の割合による金員の支払を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却。